青い空と海がまばゆく輝き、人々はみな朗らか。訪れる人々を広く魅了する宮古島には、実は川や山がなく、平らな地形が深刻な水不足を生み出していました。それを補うため、地下ダムが作られたのが2000年のこと。干ばつの心配から解放され、農業のこれからが期待される一方で、農家が使う化学肥料が地下水汚染の要因を生み出すという新たな悩みが生まれました。
そんな水の問題に早くから目を向けて、持続可能な有機農業を長年模索してきた渡真利貞光さん。「地下ダム資料館」ガイドの仕事を通して宮古の未来を考えて来た川満真理子さんと出会い、水への想いはより豊かに畑で葉を広げています。
私が小さい頃、ここは本当に豊かな漁場でした。小さい子でも釣り糸を垂らせばワタリガニが無尽蔵と言われるくらいかかったし、魚もウニも貝もそれはそれはたくさんいたんです。
今は魚たちも随分減ってしまったけれど。」そんな原風景を持つ渡真利さんは生まれも育ちも宮古島。農業高校卒業後は百姓の道をまっすぐ歩み、20年来、有機農業に取り組んで来ました。
宮古島は珊瑚礁が隆起してできた島で、川がありません。隙間だらけの岩から成っており、雨が降ってもすぐに地下へもぐってしまうため、干ばつの影響が作物にそのまま跳ね返って来ます。そんな農家泣かせの環境に変化が訪れたのが2000年のこと。最新技術を結集した全国的にも珍しい「地下ダム」が14年の時を経て完成しました。現在、宮古島では農業用水・飲料水のほとんどを地下水でまかなっています。長年苦労してきた島の農家は水汲みから開放され、作物の生産量・品質ともに大きな向上が期待されています。
けれどそんな明るいニュースの後ろには、深刻な問題が一つ潜んでいました。
「農家が使う化学肥料が地下へ浸透し、硝酸態窒素が増えて地下水を汚染する要因となっている。」そんな悲痛なデータを前に、渡真利さんは環境に負担をかけない栽培方法を模索し始めました。
化学肥料の代わりとしてまず思い浮かぶのが堆肥ですが、宮古は畜産農家でなければ十分な量の堆肥を確保するのが難しい状況です。それならば、と視点を変え、渡真利さんが挑戦したのが夏場に畑に草を茂らせて刈り取り、土に鋤きこむ「土ごと発酵」です。島ではとにかく草の勢いが旺盛。その草を活用することで保肥力が高まります。「草の上には泡盛の絞りかすなどを散布するとものすごく発酵がいいんです」言葉弾む渡真利さん。生命力あふれる作物が畑でぐんぐん成長しています。
渡真利さんが大切にしているのは、一部の有機農業者だけでなく、島の農家みんなで取り組める栽培方法を考えること。
そのため、泡盛や草など身近な材料を使うことを心がけています。
「皆で出来る方法を確立した方が、地下水を守るためには有効だから。今はそのためのデータ作りの時期です。」
水問題に奮闘する渡真利さんに、心励まされる一つの出会いがありました。
宮古の水事情を伝える地下ダム資料館の元ガイド・川満真理子さんもまた、化学肥料による地下水汚染をどう捉えて来館者に伝えればいいのか、在職中に自問自答を繰り返していたのです。
「ある時、島の小学生にガイドする機会がありました。宮古は農業が盛んで、家に畑のある子も沢山います。
子ども達に水を守ろうと伝えたいけれど、『だからオバアたちがやってるように化学肥料を使ってはいけません。』とはどうしても言えなかった。
悩みに悩んで、本番直前にようやく言葉がまとまりました。『皆に食べさせるためには、化学肥料を使って生産性を上げることも必要だった。オバアたちのやってきたことは間違ってない。
ただ、今は島の環境が変わって、水がちょっと危ないかなという状態になってきてる。だからみんな自分が出来ることをまず一つ、やってみたらどうかな』と投げかけたんです」。
この時真理子さんは、以前から交流のあった渡真利さんに、子ども達にどんな言葉で伝えようか何度も相談をしたと言います。
「『宮古の水を守りたい』と言っても、実際にはなかなか難しいもの。でも渡真利さんは現実としっかり向き合って一生懸命。これだけ話し合える人がいるなんてと驚きました。」と真理子さん。
意気投合した二人は、やがて大切なパートナーとなりました。
今では真理子さんも畑仕事に力を注ぎ、ガイドの仕事は指名があった時だけにセーブして、公私共に、渡真利さんを支えています。
渡真利さんの野菜もまた、印象深いと真理子さん。
「私は料理上手ではないけど、渡真利さんの野菜を使って料理をすると、美味しいと皆に褒められます。最近は、素材を生かせるよう、さっと塩ゆでや油で揚げただけの料理が中心になりました。
同じ野菜でも、味が他とは全然違いますね。」
渡真利さんの野菜は、ピーマンでも生でかじると甘みがジュワッと口の中に広がり、果実のような美味しさがあります。
「うちの野菜は化成肥料を使わない分えぐみがないからかな。ピーマン嫌いの子もよく食べてくれますよ。」と笑顔の渡真利さん。
仲間想いの渡真利さんの元には、夕方になると農家仲間が一人また一人と集まって来ます。満天の星と海を見ながら仲間と夢を語り合うひとときが、渡真利さんのエネルギーの源です。